きまぐれ鬼女-鬼女・不倫・浮気・修羅場系まとめ

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ただ聞いて欲しいの!ハイ聞きましょう398
285:名無しさん@HOME2016/04/16(土) 01:49:43.21 0.net
書き込みは不慣れなので不手際はご容赦ください。長いので分けます。

我が家は4人家族ですが、私が小学校にあがる際に父は単身赴任をし、
それ以降実質別居状態が15年近く続いています。

父は家族に興味関心がない人でした。
単身赴任してすぐの頃、私や妹の様子を母が頻繁にメールなどで知らせていたのですが、
そんなメール読んでもいないし迷惑だと言われてやめたそうです。
父はいわゆる大手の会社に勤めており、
給料もそこそこ貰っているであろうと予想できるのですが、家計を母に握らせず、
毎月想定される給料から考えて本当にわずかなお金しか渡していなかったようです。
外食ばかりしていて、タバコやなんやらでお金を使っているようなのです。
以前はお盆などに何日か家に帰ってくることもありましたが、
自動販売機で飲み物一本も買ってくれないような父でした。

また、父の実家もそこそこ裕福ですが同様で、
実の祖父母で年に一度のお年玉が高校生で5000円、
二十歳になったら廃止になりました。



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845:おさかなくわえた名無しさん04/01/21 20:58 ID:oLGHbeeq
長いので、2回に分けます。
父から聞いた母の話。

母が2人目を妊娠中に、父が学生だった頃の元彼女(以下A)が失踪した。
「好きな人に振られた、私はもうタヒぬ」と遺書を残して消えたらしい。

しかし数日後、Aから電話が掛かってきて「○○(父の名前)、迎えにきて…」
と弱々しい声で、数日前から宿泊している土地の場所を言ってきた。
当然行くわけがなく、会いたいならウチまで来い、と答えたら本当に来た。

母はつわりが酷いので2階に上がらせてから、父は近所に住むAとの共通の友人B(男)を呼んで、
2人で皆が心配しているから、早く家に帰れと促すと、Aが泣き出してしまった。
しかも「私はあなたとやり直したい…」と父に縋ってくる始末。しかし、当然断る父にAが逆上。
「タヒんでやるー!」と泣き叫ぶわ、持っていた睡眠薬を飲もうとするわで大騒ぎ。
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211:本当にあった怖い名無し2014/01/04(土) 15:54:03.61 ID:4cHE02yv0
復讐とは言わないかもだけど自分はスッキリした話

私は中学1.2年といじめられてて、いじめっこは6人いた。
女だけど、結構力が強かったり体格ががっちりしてる体育会系の子が多くて、
下手にやめろって逆らったら殴られてた。

いじめの内容は教科書を隠したり上靴を捨てられたり金取られたりとかなり陰湿で、
暴力系は逆らった時にしかされなかったから良かったんだけど、
教科書を隠されるのと金取られるのは結構困るし、なにかいい方法はないかと考えてた。

続きます
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332: 離婚さんいらっしゃい 投稿日:2012/08/08(水) 03:07:40.99
親に捨てられた訳じゃないけど最近母達に偶然再会した話です
再会してから知った話も交えて書きます
ちょっと長くなりますごめん許して!

母29歳 長女9歳 次女5歳 俺3歳 三女半年
上二人は普通だったらしいが俺と妹は父の母へ対するレ○プの結果生まれた
そして酷くなる一方の暴力の中で母は子供を守るために離婚を決意
だけど離婚の条件が子供を一人置いて行く事。 お金も無い頼る当てもない
(当時父の絡みで母方の実家では勘当の身だったらしい)なので裁判も無理
母は離婚をせず我慢した。 だけど暴力は止まず。
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397: おさかなくわえた名無しさん 2013/04/28(日) 00:10:02.78 ID:/Iped/4o
父が父方祖父に勘当された。
勘当といっても実際は相続から外されただけ。
理由は、私が父の胤ではなかったから。
結婚してすぐ、疑惑はずっとあったらしい。
それもあってか、私はずっと父に嫌われてたが、
父母の仲は良かった。
疑惑が判明するきっかけは、私の実父Aさんが訪ねてきたから。
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825:名無しさん@おーぷん2017/01/24(火)09:54:36 ID:1U4
数年前から実父の介護をしてる。末期の肺がん。
抜いても抜いても水が溜まってきちゃうような状態だから、恐らく長くても来年の年越しは無理だろうと言われてる。
父は「治療はもういいから出来るだけ苦しくないようにしてもらいたいなぁ。」なんて言ってたけどふざけるな。
だれがお前を楽にタヒなせてやるもんか。

私や妹や母をあれだけ苦しめたんだから、お前も苦しんで苦しんで目も当てられない姿になってからタヒね。
その姿を1番近くの特等席で見て笑ってやる為にわざわざお前の介護なんて事を引き受けてやってるんだから。
って言ったら驚いた顔してやがった。
「家族だから全て水に流して許してくれてる、だから介護を受けてくれたんだ。」とでも考えてたんだろうけど冗談じゃないわ。
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500:名無しさん@おーぷん2015/12/22(火)20:08:22 ID:uMx
母が弟を捨てる所を目の前で見たのが修羅場
滅茶苦茶長文なので嫌いな方スルーして下さい

私には1歳下の弟がいる(仮名・ゆうすけとします)
小さい頃私達一家(父母私弟)は父方の祖父母と同居していた
よくある話だけど祖母は母と折り合いが悪く、その息子である父も自分の母親言いなりだったようだ
祖父は非常に無口な人ではっきり言って空気だった

祖母と父は、弟を異様に可愛がって…というか甘やかしていた
姉の私とははっきり差別があった
弟だけ決められた時以外でもオヤツを食べて良かったし
嫌いな食べ物を残しても、オモチャを散らかしても怒られない
5歳の弟が花瓶を投げて割った時も、一緒に遊んでいた私が叱られる有様だった

母は子供ふたりには分け隔てなくしっかり躾けようとしていた
別にヒステリックなやり方じゃなくて「ご飯前にオヤツは禁止」「遊んだオモチャはすぐ片付ける」とかごく当たり前の躾けだったと思う
けどそれを祖母や父が
「お母さん怒ってばっかりで怖いねー」「ゆうちゃん、オヤツ好きだもんねー」
とか言って甘やかし続けてたのは良く覚えてる
正直当時は好き勝手やってもかばってもらえる弟が羨ましかったりもした
母は随分努力した(と思う)けど、母親VS父親&祖母の1体2じゃ勝ち目はなかった
今思えば嫁いびりの一環でもあったんだと思う

結果、弟は小学校に上がる頃にははっきり言ってかなりの糞ガキになっていた
食卓に自分の気に入らない料理が出ると食べないだけでなく、箸やフォークでグチャグチャにする
どこかで「ババァ」と「ブス」という言葉を覚えて母と私を呼ぶのに使う
母を「ババァ」と呼んで怒られると「鬼ババァが怒った♪鬼ババァが怒った~♪ばぁちゃ~ん」と祖母の所へ駆け込んでいく
自分が散らかした子供部屋(私と弟の共有)を「ブス!片付けとけよ!」と私に命じて遊びに出かける
私の当時の宝物(お菓子のおまけのシール)を盗んで親には「お姉ちゃんがくれた」と嘘をつく
母は「お姉ちゃんに返しなさい」と怒ったけど、祖母や父は「お姉ちゃんがあげたんだろ?取り返すなんて意地悪」と私を叱った
結局宝物は返って来なかった
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20: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/: 2014/09/23(火) 05:17:45.69 ID:VuMMQf2a0.net
宗教に嵌った父親への復讐

私の父親は宗教にどっぷりはまっていた。1にも2にもまず宗教。
私も生まれた頃から入信させられ、お守りみたいなのを持たされてずっと身につけているように言われた。
礼拝堂っていうのか、宗教している人が集まってお祈りしている場所。そこにも頻繁に連れて行かれてた。
小さい頃は理解が及ばず言いなりだったが、5歳くらいになると皆と違うことしている自分が認識できてくる。  

何より、神様神様と父親が言う割に、父親が毎日祈りをささげる神棚に神のかの字も見いだせなかった。
6歳あたりから酷く抵抗するようになり、同時に父親の暴カはじまった。抵抗すれば呼吸ができなくなるほど叩きのめされた。
宗教に関すること以外は子どもに感心を持たず、父親と遊びに行ったりだとか、参観日に来てくれたりだとか、運動会に来てくれたりだとか、そういった記憶が一切ない。
医者で急患があると家にすら帰れない母親の代わりに食事を用意してもらった記憶もなかった。
3日ほど帰ってこなかった母親の代わりに父親がしてくれたことは、「女なんだから家事やっとけよ」という言葉を投げつけただけだった。
父親は外面が良く、人様のためならなんでもする人だった。それが宗教の教えだから。
だから母親が家に居なくても、小1の私を置いてボランティア活動に日々精を出しては人々に感謝されていた。
ご近所から、「あなたのお父さんって素晴らしい人ね」と言われるのが苦痛だった。だから家出した。歩いて1時間くらいの母方の実家に一人で行って、ずっとじいちゃんばあちゃんに甘えてたと思う。
そのままじいちゃんばあちゃんの家に転がり込んで2年がたち、私は小3になった。
その頃になると、母親がこのままではダメだと思って、仕事を辞めてきた。すぐやめろっていう人もいるかもしれないが、当時は若い医者一人抜けることはそう簡単じゃなかったらしい。
そしたら父親、母親に対して「俺は平凡な平社員だ。お前が働いたほうが金になる。そこでどうだ、俺が仕事をやめて神様につかえて徳を積む。家族の分も積んでやる、皆幸せになれるぞ」と宣った。
母親ブチ切れて離婚届をつきだしたそうだ。それからは表向きそんな世迷い事は言わなくなった。
母親が家にいるようになってからは普通の小学生と同じように育ったと思う。土日に礼拝堂に連れて行かれることもなかった。
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【前編】幼い頃母が病気で他界。父子家庭だった。俺が小6の時、唐突に父親が言った「家族がひとり増えると思う」。数日後女の子を連れて帰ってきた「今日からお前の姉さんになる…」
299: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/02/17(木) 23:27:45.46 ID:5QGQ8nL/0
父親がタヒんだ時に姉が言ったあの言葉

「高校卒業するまでは見守りたいんだけどだめかな?」
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