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582: 名無しさん@HOME 2013/04/28(日) 13:46:21.29 0
少し長くなるかもしれないけど、吐き出させてくれ。

元々は父・母・俺の三人家族だったんだが、
俺が小5のとき母が浮気して両親離婚。
養育費のためだけに俺を引き取った母だったが、
浮気相手(以下A)とその後結婚して弟妹二人が生まれる。
ちょうどその頃実父が事故シ。

実父の親族は俺だけだったので、
結構な保険とか土地家屋の相続があったらしい。
でも実父はしっかり後見人等を弁護士?に依頼していて、
実の母親でも俺が20歳になるまでは
金を引き出せないようにしていた。
母とAは金に手を出せないので
俺をコロして手に入れようと画策。
(俺をコロせば、母に遺産が行くかららしい)
それまでも随分と虐待されていた事もあって、
本気で身の危険を感じてその弁護士の
ところ(名刺を隠し持ってた)に逃げた。
ちなみにこれが16の時こと。

父の遺産はそのまま後見人の人に
管理してもらい、俺は高校卒業まで施設へ。
大学にも行ってみたかったけど、
それよりも自力で生きることが大事だと就職。
ちっちゃな会社だけど社長はすげーいい人だし、
恋人と呼べる人もできた。

20歳のとき改めて弁護士が来て、
父の遺産を受け取ったんだが……
そのことを聞きつけてきた母から電話が来た。
なんでもAが会社をクビになり、
そのまま再就職もせずに遊んでいるらしい。

母のパートで食いつないでいるがこのままじゃ
弟たちを学校に行かせることもできないので、
援助してくれだとさ。

とりあえず場所を指定して会うことにした。
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372: 名無しさん@HOME 2013/08/29(木) 14:10:02.82 0
自分の修羅場語っていいですかね

自分が中学生1年の時、母親が子供を身ごもった
ある日学校から帰ると唐突に母から知らされた。
母「ねえ、なお(自分の仮名)弟欲しいって言ってたよね?」
自分「えーそうだっけ?(多分言ってない)なんで?」
母「お母さんね、赤ちゃんできたの」
自分「えっ本当かよ」
母「本当。なおの為に産まれてくるんだよ?」
のような会話をして、当時どうすれば子供ができるのかを知ったばかりの自分にとっては
弟妹ができる喜びより、両親がまだそんなことをしているんだと知ったショックの方が大きかった。
そんな想いも束の間、それから数日後の夜に人生最大の修羅場を迎えた。
夜中寝ていると、両親が一階の和室で言い争っているのが聞こえた。
その時ふと「これは赤ちゃんのことと関係あるな」と直感して忍び足で会談を降り、聴き耳を立てることにした。
話の内容からすると、どうも親父にとっては身に覚えのない子供を母が身ごもったことを、母に問い詰めているようだった。
その言い争いの中で母が言った言葉が今でも忘れられない。
母「なおが弟欲しいって言ったから子供を作った。それはあなたとは関係ない。子供の父親も関係ない。
そもそもお互いレスだったんだからあなたにも責任はあるハズでしょ」
その後シーーンと場が静まり返り、どうしたのかと襖を開けようとした瞬間もの凄い音がした。
親父が母に平手うちしてた。
そこからもう近所に丸聞こえの絶叫を母がしはじめたが、誰かの通報で警察がうちにやってきて、
一悶着あった後、帰って行った。
ちなみに自分は絶叫と同時に何故か自分の部屋に飛び戻り、タヌキ寝入りを始めて、父が2時間後覗きに来ても寝たふりをしていた。

その後両親は離婚。
もちろん自分はあんなことも言われたし、将来のこともあるので(経済的に)母子家庭は避けたいなと思い、
父親について行った。
もちろん中学生の子供だったから裁判がどのように進んだのかも知らないし、結果どうなったのかも知らない。
あれから高校入学と大学入学の時に会っただけで、それ以外母親とは一回も顔を合わせていない。
まあ元々ネグレクト気味だったので今さら気にもならないが、今頃どこで何をしているのか親父は知っているのかな。
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480: 名無しさん@HOME 2013/07/03 14:42:45
ようやくスッキリしたので
義実家と旦那の関係は元々よろしくない。義母が義弟を溺愛し、旦那に対してなぜか冷たかった

義弟夫婦に子供が出来たときもそれに関わる費用の大部分を出したのが義母だった
なのにこっちがそろそろ子供を…という話を出すと、そちらは勝手にやりなさい、何も手助けできませんからと
何も頼んでいないのに突き放されて、モヤモヤしたのでさすがに旦那に話を聞いた

小さいとき、旦那はオムツが外れるのが遅い、言葉が遅い、いたずら大好きな腕白坊主だったらしい
義弟は逆で小さいときは手のかからない良い子だった
義母はそのときから手のかかる旦那と良い子の義弟を比較し、旦那を大声で罵っていたそうだ
成長していくにつれて旦那は母親の手を煩わせないよう必死で勉強し、某国立大に進学し就職
逆に義弟はワガママ放題、高校も市内で有名な馬鹿校をやっとこさ卒業しフリーター、そして出来婚した
なのに義母は義弟が可愛くてしょうがないみたい

決定的なのは旦那が就職して間もない頃、病気をして通院費用やら何やらでお金に困ってしまったときに
あんたに援助する金はないと断られたこと
旦那は泣きそうになりながら私から金を借りた。当時は家庭事情を知らなかったけど、この一件は旦那にとって心の傷になってしまったようだ
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815: 名無しさん@HOME 2012/09/26(水) 10:22:12.39 0
私の母は昨年夏からガン闘病中なのですが
抗がん剤治療で一時は仕事復帰できるまで回復。

しかし、今年の夏に高熱と激痛で緊急入院。

緊急入院してすぐに、主治医から昨年夏の検査のとき
末期ガンであることを知らされました。
治療しなければ、余命半年であることも。

父だけには伝えていたらしく、子どもたちに伝えてくれますか?という問いに了承したというのです。
カルテをわざわざ見せてくれました。
今の今までそんなことを父の口から聞いたことがありません。
言う機会がなかったんだとか。私たちが知らなかったから普通に接してこれてお母さんは今も元気に暮らしてるとか。
全部言い訳にしか聞こえません。
ちなみに私は嫁いで家にいませんが、兄は実家暮らしです。
話す機会なんていくらでもあるでしょう。

もともと父が嫌いだった私は、失望と憎しみでいっぱいです。
他にも祖父のことなどもあり、兄は父のこと「あいつ」と呼んでいます。

もともと夫婦仲が悪いのも知ってるので
母に離婚してよーって軽く言ったけど、
亡くなった祖母の遺産を使い込んだという弱みがあるらしいんです。

最近じゃ母の部屋を勝手に漁っていたりしていて
もううんざり。

夫婦ってやっぱり赤の他人なのかな。
どうにもならないのでしょうか
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111: 名無しさん@HOME 2012/12/26(水) 16:19:55.40 0
従姉妹←結婚したばかり、騒動の元
従姉妹の婿←正直不審者
私の母←従姉妹に切れる


正月で親戚一同で集まったときのことでした
やってきた従姉妹がまったく知らない男性の方を連れていました

もちろん従姉妹の婿さんです
しかし結婚したと報告もなければ電話もハガキもありませんでした
正直不審者状態です。赤の他人様が勝手に正月にやってきた状態です
紹介してくれるのかなと待っていましたが何もありません
婿さんも婿さんで自己紹介すらしません
正月に従姉妹が婿を連れてくるという連絡祖父母も受けていなかったようで、びっくりしていました
その状態でも一応まだ平和でした。私の母がやってくるまでは

少し遅れてやってきた私の母がお仏壇に向かっている従姉妹の婿さんを指差して誰だと聞いてきました
私が従姉妹の婿さんだと言うとキレました
まず叔父(従姉妹の父親)に喰ってかかりました。
あいつは誰だ。私には結婚したという一切の報告もなっかた。なぜ平気で正月に連れてくる。
常識がない。道理が違う。(親戚一同一切報告なし)似たような内容で祖父にも食ってかかりました
私の母は祖父母は婿が来ることを知っていて母にだけ知らせていないと思っていました(祖父母も知りませんでした)

色々怒り狂っている母。従姉妹の婿には何も言わなかったけど
なだめる私の父
私の母にもっと大人になれと言います。ここで怒るのは非常識だと。
従姉妹は泣き出してしまいました。もう祖父母の家に来れないと。
私の母は切れて帰ろうといましたが戻ってきてなぜ自分が帰らないといけないかと怒鳴ります
結局従姉妹一家と私の母だけ帰りました。雰囲気最悪でした
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152: 名無しさん@HOME 2011/05/30(月) 22:11:53.99 0
20数年前の修羅場を投下します。

長伯父 母の長兄
次伯父 母の次兄
A子 私のことです。

母が弟を産むため&私の小学校入学に合わせて、父の海外赴任先から一足先に日本に私ともどり、母の実家に居候していました。
母の実家には長伯父夫婦と祖父母、それに次伯父がいました。

当時、私は片言の日本語と現地語が混じった状態で、祖父母とはうまく話ができず、
長伯父は近寄りがたい雰囲気があり、
唯一話せる母は臥せっていて、いじけた状態だったらしいです。

そんな私の相手になってくれたのが、次伯父でした。
子ども扱いがうまい人で一日中、私の相手をしてくれていました。
そんなある日、次伯父から
「A子、A子のお母さんは弟君を生むから今日から入院するんだよ。
しばらく伯父さんと暮らそう。
伯父さんだけじゃなく、伯父さんの奥さんも一緒だよ」
と言ってきたのです。次伯父が結婚していないことを知っていたので、そのことを指摘すると、
「A子のお母さんとお父さんも別々に住んでいるだろ?大人ならよくあるんだよ」
と言われ、納得しました。

そして、伯父に手を引かれ、5分程歩いた先にある小綺麗なアパートにつれていかれました。
そこには母よりずっと年下の綺麗な女性がいて、次伯父の妻だと紹介されました。
その女性は私の好きなグラタンを作ってくれ、お風呂も一緒に入り、一緒にそのまま寝ました。
そして、目が覚めると何故かあの小綺麗なアパートではなく母の実家で、いつも近寄りがたい雰囲気をだしていた長伯父が私の頭をなでていて、母は泣いていて、
数日後には夏までは会えないときいていた父がいました。
そして次伯父やその奥さんはいませんでした。
そして子ども心に次伯父について、母や祖父母に聞いてはいけないと分かったのでした。
ここから現在にとびます。
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265: 名無しさん@HOME 2012/03/07(水) 04:58:20
すごく気になる流れをぶった切って悪いけど投下。

父は私が物心ついた時からすごく癇癪持ちで突然ブチギレるDV男だった。
以前は母方の祖母と同居しており、酷い事態にはならなかったようだが、
数年後にマイホームを建ててからは母方の祖母とは別居。
それから紆余曲折して父母私妹の4人で暮らし始めた途端、父のDVが激化した。
この時私は小学校低学年だったと思う。

父のDVは私の知る限り身体的・精神的暴力が中心で、理不尽な理由でブチギレた。
唐揚げの味付けが気にいらなければしかめっ面で一つずつ熱々の唐揚げを母に投げつけ
「俺に不味いもの(でも母は超メシウマ)食べさせやがってーふじこふじこ!!」とファビョったり
逆に父が料理した時にソースが天井に飛び散った(経緯不明w)ことに勝手にブチギレて
家中を怪獣のようにドシドシ歩き、バタンガタンと扉を閉め、怒鳴り散らしたりしていた。
とにかく何が地雷かわからなかったので、ずっとビクビクしながらの生活だった。

母が声をかければ殴り倒して首を絞め、私や妹が止めると余計に激昂して手がつけられないので
母はいつも私たちを2階の部屋に押し込めて一人でサンドバックになっていた。
私が中学生の頃にはDV周期がどんどん短くなり、癇癪を起しては暴力にプラスして
テーブルを窓から投げたり壁に穴をあけたり、私の部屋のふすまを破壊したり等、家を壊すように。
家を壊し始める辺りはもう私の進路にも激しく干渉するようになり、ここら辺からは最大の修羅場でした。
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952: 名無しさん@HOME 2011/04/19(火) 13:51:49.57 O
私が小さい頃に両親が離婚して、四人兄弟の中で上の二人が母と一緒に出ていった。 
全員連れていかなかったのは、多分経済的な理由だったと思う。出ていった後も母は何かと私と弟を気にかけてくれた。 

父親の方は母と離婚してすぐに愛人(父親の隠し子持ち)と再婚。 
父親と再婚相手が俗に言うキチで、DVネグレクト当たり前。 
ご飯も食べさせてもらえなくて、私が小6の時についに弟と一緒に施設に捨てられた。 
でも施設はご飯食べられたし殴られなかったしすごい幸せだったんだけど、私達と連絡が取れなくなったことに不信感を持った母。 
そこで父親を問い詰めたらしく、私達を施設まで迎えに来てくれた。 

次に私と弟を父の家に連れて行き、普段はお茶目ですごく優しい母が鬼の形相で「謝れ!この子達に土下座しろ!!」と叫んでいた。
父親と再婚相手は「はぁ?なんで謝るの?そいつら育てないなら勝手に育てろよ」みたいな事を言っていた気がする。(大人達の言い合いはよく覚えていない)

徐々にヒートアップしていく大人三人
当事者のはずなのに傍観者になっていた私と弟

そして父親がとうとうぶち切れて、母を殴り出した
その時弟の中で何かが切れたんだと思う
いきなり立ち上がって台所から包丁を持って来て、「お母さんを殴るな!!お前を殺してやる!!!」と泣き叫んで父親に向かって包丁を振り回し始めた
私は父親が死ぬとかよりも、弟が犯罪者になってしまうのが恐くて弟にタックルして包丁を取り上げた

まだ幼かった弟が初めて抵抗して驚いたのかビビったのか知らないけど、父親だけ泣きながら謝ってきた(再婚相手はポカーンとしてただけだった)

これが私の人生で一番の修羅場でした
文章力無くて&長文すまそ
今まで誰にも話せなかったから、スッキリした
ありがとう
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545: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)04:48:29 ID:cwTM6orVo
初めて書き込みます。
不馴れな上にとても長くなっております。
読みにくかったらすみません。
わたしが3歳、弟が1歳のときに、母親が失踪しました。
夕方に出張から父が帰ると、冷蔵庫と藤製の電話台以外の家財道具が一切なくなっており、ぐったりしたわたしと、同じくぐったりした歩行機に乗せられた弟がいたそうです。

何故母がいなくなったのか。
事情がわからない父は一人で育てるのが無理だったので(船で遠出をする仕事)、わたしと弟を新幹線で2時間ほどの距離の父方祖父母に預けました。
これが第一の修羅場です。(主に父が、ですが)
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768: おさかなくわえた名無しさん 2009/07/14(火) 01:29:44 ID:Sz0CHrYx
 
夜中にこっそり長文を貼ります。
怒らないで。 

高校の時、母親が病気でなくなった。 父は弱い人だったのだと思う。 
苦しむ母親から目をそらして、他に恋人を作って、
母親がなくなると家を出ていった。 

「高校卒業までは面倒をみる。その後は自力で暮らしてくれ」 

受験も追い込みに入る3年生の秋、わたしはこうして独り暮らしを始めることになった。

わたしの通っていた高校は進学校で、ほぼ100%の生徒が大学を目指していた。
わたしだけ、大学受験という目標は消えた。
授業料や家賃や光熱費は父が負担していた。
生活費は送ってもらえなかった。
どこを探しても家にはお金がなかった。

父の新しい相手は他人の奥さんだった。

きっと慰謝料のために何もかも持っていったのだろう。
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