きまぐれ鬼女-鬼女・不倫・浮気・修羅場系まとめ

当サイト[きまぐれ鬼女]は、鬼女・修羅場・キチママ系などの日常生活に関する2chの面白い話をまとめた鬼女系2chまとめです。

注目の人気記事

850 :きまぐれ鬼女 2021/02/20(土) 13:15:13 ID:ky.az.L1
母親がマンションで漏水事故を起こしたこと。
しかも火災保険未加入だった。

新卒だったある日、会社で一仕事終えて家に帰ったら大家さんがカンカンだった。
母が漏水事故を起こしたという。

聞いてみると、キッチンの水を出しっぱなしにして出かけた上、排水する部分をわざと塞いでいたため、下の階が濡れていないところがないくらい、全て濡れてしまったのだそうだ。

下の階は四人家族。
水漏れが止まらないのに気づいて、出せるものは全て出してくださったらしかった。

大家さんから「あんたが母親を躾けておかないから!あんたのせいだ!タヒんで詫びてくださいよ!そのくらいのことですよ!」と怒鳴られた。

どうしよう、何百万とかかるはずだ、もうダメだ、とその日は泣きながら謝罪し、下の階に菓子折り持って行き、土下座した。空気読めない母が行くとろくなことにならないだろうから、私が行った。

下の階の旦那さんは「こちらの言い値を、あんたら親子にタヒぬまで一生払ってもらいますよ!弁護士も既に用意しました。訴訟も起こそうと思えば起こせますよ。即金で200万、あとは800万を分割。これが払えなけれ
ば訴訟も辞さない!あんた若くて太ってもないんだから体売ってでも払え!」と怒鳴られた。

最終的にそこの奥さん役息子さんが「やめようよ、かわいそうだよ」と解放してくれた。

翌日会社で上司や先輩方に事の次第を報告し、下の階の惨状を写真で見せ、「下の階の片付けを手伝いたい。急ですみませんが、休みを変えてほしい」と相談した。

みんな仰天していたが、「なんとかできねえかなあ」「弁護士の知り合いいるけどこういうの得意かなあ」「私子の手に負えないだろ」と色々考えてくれた。

その中に、「そこの大家さんを知ってる」という上司がいた。
前職が不動産仲介で、よく私の住むマンションの空室を決めていたので仲良しだったそうだ。

「私子さんに罵倒した大家さんは、実はそこまで力はない。表向きは旦那さんがいろやってるが、奥さんが実権を握ってる。旦那さんはヒステリックであれだけど奥さんは凄いまともなんだよねー」

支店長「おい!その奥さんの電話番号わかるか?俺話すわ」

と言ってくれて、なんと支店長がその場で電話してくれた。

支店長「いやーもうびっくりですよね。下の階も上の階も火災保険未加入って中々ないですよ今どき。私子もとても憔悴してましてね。お気持ちはわかりますが、水漏れ起こしたのはお母さんで、私子じゃないんですよ」

としばらく話して電話を切り、

支店長「○日休みね?俺も片付け手伝いに行くわ。あんな荷物お前一人でどうやって片づけんだよ。あ、あと奥さんがマンションの空き部屋下の階の人に貸していいってよ。ホテル代浮いたな」
他上司「えー!支店長行くんすか!?俺らも休みなんで行きますって!こんな現場なかなか無いし」

ということで、当日は支店の休みのメンバーが集まってくれた。母には
「絶対に失礼をするな」
「一言も喋らなくていい。喋るときはお母さんが謝るときだけ。私から促したら話していい」
と言っておいた。

当初ブチ切れていた大家さんには「保険屋にこういう風に話せば保険が下りるはずです。大丈夫です、経験があるから」と支店長が話してくれた。

大家さんが機嫌よくなり、「この間はこのお嬢さんに酷いこと言ってしまった。子供の頃お母さんによく毆られて、深夜に放り出されてたのをよくみてたのに」とさらっと私の幼少期まで暴露されたがまあいい。

下の階の旦那さんも、いきなり登場した専門知識豊富な支店長達に質問攻めにあい、しどろもどろになっていた。
更に「訴訟もご検討でしたか。まずね、私子に言ったような無茶を許可するなんてどこの弁護士です?当然、これだけフッかけるのも相談済ですよね?変な弁護士ですねえー」

と言うと奥さんのほうが「弁護士は入れてない。無料相談に行っただけ」と認めた。

最終的に
「駄目になったガスコンロ、電気ストーブ、トラブル解決のために早退した奥さんの給与分の代金、修繕後の引越し費用」
だけで済むことになった。数十万だけど、事故の内容に比べたらかなり安い。

そして後日、保険の方も無事おりたらしく、大家さんからホクホク顔で
「お金はなんとかなったよ。これでうまいもんでも食いなさい」
と言われ、一万円を渡された。支店長に聞いたら、母の重過失をうまいことただの過失と捉えられるように言い含め、目論見通り焼け太りになったそうだ。

今思うと、旦那さんの要求はかなり無茶だったが、社会経験ほぼゼロの自分はオロオロしっぱなしだった。支店長や上司がいなかったら本当にどうなってたかわからない。
続きを読む

815 :きまぐれ鬼女 2021/02/10(水) 09:52:38 ID:0H.ut.L1
4歳のとき、母に捨てられかけたこと。

私は高齢出産+婚外子のダブルコンボの家庭に生まれた。
母40,父60の時の子供。

父は既に奥さんがいるのを黙って「子供ができたら結婚しよう」と話していたのに、出産し終えた母の前に奥さん連れてきて嘘だったと発覚したそうだ。

でも幼い頃、私は母が大好きだった。
何かいい事をすると大袈裟なまでに褒めてくれ、抱っこしてといえば抱っこしてくれた。


下手くそでも歌を歌えばカメラを回して拍手してくれた。

悪いことをすれば厳しく叱られたけれど、とても優しい母だった。

ここまでが前置き。

年末も差し迫った日、母は沢山のレトルト食品を買ってきた。「ママ、出かけるから。お家からは絶対に出ないでね。一人で頑張れるよね。バイバイ」

と言われ、「いってらっしゃ~い」と答えた。

それから母は本当に帰ってこなかった。
翌日も、その次の日も、帰ってこなかった。

ご飯はレトルトで凌いだが、「ママいつ帰ってくるんだろう」と気が気じゃなかった。

3日目、私はなんとかして、外の大人と話そうと思った。

母に言われたとおり家から出ないで話すには、当時は固定電話しかなかった。

母がよく連絡先をメモしたメモ帳を、電話台の下に置いていたのを思い出した。

メモ帳を見て、一番最初に書いてある連絡先に電話をしたら電話に出た。

「私、名前を私子と言って、ママが帰ってこないんです。悪い人に攫われたかもしれないんです。助けてください」

最初電話口の人は笑いながら「探偵ごっこ?」と取り合ってくれなかった。
母の勤め先の会社だった。

「もう27日から帰ってないんです(その日は30日)。お家に一人なんです」

すると「あのね、探偵ごっこに付き合ってる暇ないからもうかけてこないでね!」と切られた。

受話器を置くとすぐさま電話が鳴った。
母の勤め先の、他のおじさんが電話し直してくれた。

「さっきはごめんな!お腹すいとるだろう!そっちに迎えに行くからまっとってな!」

そして一時間後、本当に恰幅のいいおじさんが迎えに来てくれた。
社長さんだった。

「あいつ(社員)の電話を聞いておかしいと思ったんよ。あの馬廘がほんとごめんなあ。あいつは今他の人からしっかり怒られとるからな」

と話してくれて、ファミレスをご馳走してくれた。
美味しくてガツガツ食べた。

その後緊急連絡先になっていた父と警察に通報。

父は直ぐに迎えに来てくれ、父の住む家にしばらくお邪魔することになった。
山の中にある立派なコンクリートの家で、美術品が大量に飾られていた。

父と一緒に住むお兄さんやお婆さん(奥様。当時60代後半)を見て、父に「この人達誰?パパのお友達?」と聞いた。
「パパの奥さんと息子だよ。あっちはお前のお兄ちゃんだよ。お前とお前のママより大切な家族だよ」

とあっさり言われた。
父は、本当は私が生まれることに反対だったことを話し、もし母が帰ってこなければ一人で生きるよう努力して欲しいと私に話した。



続きを読む

761 :きまぐれ鬼女 2011/02/22(火) 12:31:41 0
父がエネミーだった。

うちの母はいわゆる「片づけが出来ない女」
でも 片づけが出来ないなりに努力はしてたと思う。
私達姉妹が子供の頃は、散らかった家に友人も呼べなくて悲しい思いもしたけれど、
今思えば、共働き夫婦なんだから父が片づければよかったんじゃないかと思う。
料理はすべて母がしてたんだし、同じくらい稼ぎ、
同じくらいの時間働いていた。
なぜ 父が掃除や整頓としなかったのかと思う。

そんな母を「躾けるために」と、祖母(父の実母)や伯母(父の実姉)が
しょっちゅう我が家を出入りする。
そのたびに「あなたのお母さんはなんんいも出来ない人よね」
と私と妹は言われまくっていた。
そんな血を引く自分達は、人間失格みたいな気持になっていた。
言われるのが嫌で父に 祖母達と会いたくないと言っても
「お前達のお母さんが何もできないから来てもらってるんだ。感謝しろ」
と怒られてた。
続きを読む

269 :きまぐれ鬼女 2020/08/14(金) 09:08:24 ID:iV.36.L1
私は母親が外国人ということで小中学校でいじめられていた。
母親がヨーロッパ出身の外国人なんだけど父親要素が強すぎてハーフ感が全くなかった。
外見の母親要素は幼少期に髪が茶色かったことくらい。
姉はハーフ顔、妹は外国人顔という感じで私だけ父親に激似で浮いていた。

それなのに名前がカタカナで道端アンジェリカみたいなハーフタレントみたいなフルネームだったこともあって学校では
「外人」「犯罪者」「テ口リスト」
「日本から出て行け」「ブス」などと言われた。
特にA男という男子はしつこくて会うたびに絡んできた。
ある程度の年齢になると「お母さんに似てないなんて托卵」とまで言われるようになった。
中学で落ち着けるかと思ったが、中学はA男に誘われて私をいじめる男子が増えて物凄く辛かった。
先生には相談したが「我慢しようね」「お母さんに相談したら傷つくから絶対に言っちゃダメよ。」としか言われなくて、
先生が見ている前でも堂々といじめられるようになった。

中2の6月ごろ、私がいじめられていると、その年に来たばかりの隣のクラスの担任が
「こらー!A男!B男(別の小学校出身でA男に誘われて私をいじめるようになった男子の1人)!
お前らもお母さん外国の方だろ!」
「お前らは自分のお母さんにも外人とか犯罪者とか言えるのか!」と大声で怒った。

その場にいた生徒達が「え?自分もハーフなのに私さんや○○くん(別のハーフの男子。帰国子女で日本語が話せない)をいじめてたの?」とヒソヒソした。
それ以来、いじめは嘘みたいに止んだ。

A男のお母さんは見たことがあったがアジア系で日本語がうまい人なのもあって分からなかった。
B男はよく見れば浅黒くて掘りが深い顔をしているが純日本人でもそんな顔立ちの人がいるのでまさかハーフだと思わなかった。
2人とも苗字も名前も日本風のものだった。
今思えばコンプレックスの裏返しだったのかなと思うが許せない。
A男はハーフの子を見るたびにいじめてたんだもの。

私の友人にも1人ハーフ(お父さんがA男母と同じ国出身の外国人)がいて、その子はフルネームが日本風なのでハーフであることは知られていなかったが
「同じ国のハーフとして許せない」と怒っていた。うちの中学は1学年200人ほどいたが、ハーフが意外と周りに多いことにも衝撃だった。
続きを読む

599 :きまぐれ鬼女 2020/08/05(水) 18:29:24 ID:Chp
既女板に書いていいのかどうか微妙なんだけど。

うちの母親は私が高校生の時に再婚して、再婚相手には大学生の息子がいた。
その息子は県外の大学に行ってたから普段は一緒に生活はしてなかったんだが
ある日突然帰省してきて、たまたま私ひとりだって知ると襲ってきた。
必タヒで抵抗して、サイドボードに飾ってあった石の置物を投げつけたら
避けられたけどそいつの足の上に落ちて、足指が砕けた。
救急車も呼ばずに近所の友達の家に逃げた。
私の乱れた服や泣きながら怯えてる様子で友達のお母さんがうちの様子を見に行って
散らかった部屋の中で蹲ってるそいつを見つけ
救急車を呼んでくれたが、何があったかは丸わかりだった。
近所中に大正解の噂話が流れ、うちは引っ越し、両親も離婚した。
その時の出来事で強い男忄生恐怖症が出た。
なので女忄生しかいない職場を選んで就職したが、男忄生をシャットアウトできるわけでもない。
その職場に出入りしてる業者の男忄生のひとりであるAさんだけ
他の業者さんと違って何故か嫌悪感も恐怖心も出なかった。
そのAさんと入籍した。
入籍までのあれこれは需要があれば書くけど、とりあえず省略。
実はAさんはゲイだった。すごくいい人だけど、女としての女忄生には興味がない人。
私の方が母親から鬱陶しいぐらいに結婚結婚結婚結婚言われてて
母親は私の男忄生恐怖症を知ってるのに、結婚してしまえばなんとかなると思ってる。
Aさん提案で結婚しようかってなり、それで表向き夫婦になった。
大親友と一緒に暮らしてる感じで、家事も一緒にやるし、晩御飯が終わったら一緒にゲームしたり
カラオケに行ったりもした。
Aさんは時々片思いの相手と旅行に出掛けたりもしてたけど
帰ってきたら切ない話を聞かされて一緒に泣いたりもした。
Aさんは英語が堪能だったので、私も海外に連れて行ってくれたりしてすごく楽しかった。
私のAさん以外の男忄生への恐怖心はAさんのおかげでほんの少しやわらいだけど
仕事は辞めてフリーになった。
そして銀婚式を迎える前にAさんはタヒんじゃった。車に撥ねられてあっけなく。
お葬式、無茶苦茶泣いた。一緒に撥ねてくれれば良かったのにって。
男としてじゃなかったかも知れないけど、私はAさんを愛してたと思う。
Aさんのいない世界はつまんない。来世は普通の男女として出会いたい。
続きを読む

169 :きまぐれ鬼女 2021/01/25(月) 15:30:43 ID:NS2
一回り年上の姉がいるんだが、思春期に産まれた私のことを
可愛いと思うより“恥ずかしい”と言う気持ちが強かったそうでずっと無視されてきた。
母が私を妊娠した時には「堕ろしてほしい」と言ったそうで
最初はよく言う子供返りみたいなものかと両親は思ったが
年齢が年齢だし、どうもそんな生易しいものでもないようで、
“授かった命”について色々話して聞かせたらしいが
とにかく恥ずかしいの一点張りで、私という妹の存在を認めようとしなかった。
なんとか姉妹仲良くしてほしいと両親は望んだが、
姉妹らしい関係を築けないまま大学進学の準備を
「これでアイツ(私)の顔を見ずに済む」と言って嬉しそうな様子を見て諦めたそうだ。
私は私で「お姉ちゃん」と呼ぶことを姉から禁じられ
家を出たら一切話しかけるなと厳しく言われ
何がなんだかわからないままに“怖い存在”でしかなくなっていた。
中学に上がる頃には、何故何もしていないのにこんなふうにされなきゃいけないのか、
友達のお姉さんやお兄さんはこんなに優しいのに、と理不尽さにムカつき
それならそれでと、姉などいないと思うことにしていた。
姉が家からいなくなってからは、両親と3人での暮らしは実に穏やかで平和だった。
あまりに居心地よくて、大学は自宅から通えるところを選び、就職も市内で決めた。
そして26の時に結婚したが、姉は招待するまでもなく
婚約を母が報告した時点で「報告なんか要らない。式には出ない」と言い切り
両親も「あ、そう」って感じ。
姉はまだ独身だった。(ずっと独身だったけど)
変な話なんだろうけど、そんなふうだから夫とは姉と顔合わせしないまま結婚した。
夫にもちょっと面倒な従兄がいるらしく「どこでも変なののひとりやふたりいるね」って言ってる。
義父母も含めてあまり姉のことを言わないでくれるのは有難い。
(続きます)
続きを読む

205 :きまぐれ鬼女 2020/08/10(月) 12:04:15 ID:tv.j1.L3
懺悔。
母はモラハラ父の攻撃で鬱病になった。私が小学生の時。
私はモラハラ父のことを宗教のように信じてたから、父の言うとおり母が怠けてるだけだと思ってた。
小学生の私が家事を全部やらなきゃいけなくなった。父と私と年子の弟の分。
遊びに行くのも塾も駄目で家事しなきゃならいのは母のせいだと思って母を恨んだ。
父と一緒になって「この怠け!」と母を怒鳴った。
中学の時、部活出来ない理由として友達に「家事しなきゃいけないから」と、家庭の事情を全部しゃべった。
友達はどん引きしてた。
大好きで尊敬してる友達だったから引かれたのがショックで、「何で引かれたんだろ?」としばらく考えた。
数日後、友達の家に招待されて、そこんちのお母さんに
「小学生から全部家事してるってほんと?お母さんを病院に行かせないとか薬捨ててるってほんと?」と訊かれた。
このお母さんのことも大好きだったから、責められてると思ってショックで泣きながら「ほんとだ」と答えた。
このお母さんは市の福祉に何かたずさわってる人だったらしく、
行政から指導?みたいなのが入った。
母は病院に行けるようになり、薬を飲んだらだいぶ良くなった。
家事は母七割、私三割くらいになって、部活できるようになった。
でも塾は駄目だと父に言われた。お金がかかるからって。
弟は行ってるのに。この時初めて父を変だと思い、そこから一気に反抗期になった。
父は何かのスイッチが切替わったみたいに私を無視するようになった。
それまでは(こき使ってはいたけど)可愛いとか大事だとか言ってたのに、急に空気扱い。完全無視。
高校二年生のとき母がタヒんで、私は高卒で就職してさっさと家を出た。
反抗期が続いてたから家事なんて何もしてなくて、家はゴミタメになってたが、父は無視を今更やめられないらしくて
私に家事しろ!とも言えなかった。ざまあと思った。
今思えば家政婦さんでも頼めばよかったのに。でもお金の無駄と思ったのか意地なのか、とにかく父は何もしなかった。
弟は自分の身の回りのことだけやってたみたい。
私は弟も父も無視してた。というか全員が全員無視し合ってた。そんな家からとっとと逃げた。

お盆になると母のお墓参りしなくちゃーと思うけど、母は私に来てもらって嬉しいだろうか?と思う。
母にずいぶんひどいことしたし、恨まれてそうだし。
いつも一応行って、花とお線香だけ上げてそそくさと帰る。後ろめたいから。
お盆にほんとに魂が戻って来るなら謝りたいけど、今更かなーとも思う。
続きを読む

792 :きまぐれ鬼女 2021/01/26(火) 10:05:43 ID:Nm.k6.L1
なんか周り極端なぐらいに義理の兄弟姉妹とは仲の良い人を見ないんだけど、たまたまなのかな?

うちは義理の妹と仲がいい
正直唯一血の繋がった弟より仲いい
私34、弟26、義妹22で、結構歳も離れてる
物凄く育ちが良くて礼儀正しいし、私が恐縮しちゃうぐらい

一方弟は両親が、特に母は早く(弟1歳)亡くなったのもあって私が甘やかしすぎたのにも責任はあるんだけど、弟が高校過ぎたあたりからよく喧嘩してた
やれババアだの、参観日くるなだの、飯に嫌いなもん出すなだの、部屋掃除すんなだの
オカンじゃないです、姉です

そんな弟が大学に行くようになって、しばらくしたら彼女ができたと言いにきた
で、しつこくどうしたらいい?何持ってけばいい?服は?とか聞いてくる感じ
あー、甘やかしちゃったなぁ…変な子にひっかかってなきゃいいけどって思ったものの、ほどなく彼女の方から私に会いたがったらしく、弟が連れてきたのはむっちゃいい子だった
礼儀正しいし、優しいし、可愛い
今は知り合ってから4年経つけど、正月のあけおめLINEもろくに返してこない弟よりよっぽど仲良くしてる
本人曰くものぐさっぽいけど
たまにうちに来る時も、義妹が弟を引っ張ってくる感じ
基本的に尻に敷かれてる模様

弟ともそこまで仲が悪いわけじゃないと思ってるんだけど、義妹と比べたら?といわれたら間違いなく義妹のが仲良いと思ってる
周りだとそんな義妹ないないっていわれるし、ネットでも義ってつくとめちゃくちゃ仲の悪い話ばかり見る
私的には不満らしい不満は正直まったくない

うちがそんなにレアケースなのか、それとも私の見てるのが偏ってるのか、どっちなのか判断に困ってます
続きを読む

135 :きまぐれ鬼女 2020/08/07(金) 07:25:43 ID:bZ.kr.L1
私たち夫婦が自力で買ったもの以外全部旦那親の手柄になってた。
引越し祝いで買ってもらった家具や子供の誕生日プレゼントの玩具とか
本当は私の親が買ってくれたものなんだけど全部旦那の記憶がすり変わってた。
「今日は子供がこのおもちゃで沢山遊んでた(私の母から貰った玩具)」→「ああ、親父が買ってくれたやつな。次会ったらじいちゃんに改めてお礼言おうなー」
「この家具は気に入ってるからきちんと手入れしていかないと(夫と父と3人で買いに行って選んで私の父に払ってもらった)」→「母ちゃんのセンスは間違いなかったな!高いのに有難いよな!(勝手に義母が選んで送ってくれたことになってる?)」
万事がこの調子。
義実家が何もしてくれない訳では無くて、
私と好みが合わなかったら困るという義母の気遣いで
何か贈ってくれる時は食べ物とか消耗品にしてくれてるから形に残らないだけ。
それらは普通に義母から貰ったものとしてインプットされてるらしいんだけど
私親からの物だけを選んだ時の思い出ごとすり替えてるらしい。
だからって私親が何もしてくれないってことを言う訳じゃなく、
ただ全てのお礼を義実家に向けようとするだけ。
貰った直後は正しく把握してるからお礼も私親にしてるんだけど、時間が経つとこう。
都度訂正するから夫婦感の話で治まってるけど実際凄く失礼な話だし何故そうなるのか不思議でならない
続きを読む

817 :きまぐれ鬼女 2021/01/14(木) 01:43:37 ID:Vu.af.L1
親をCOしてホッとしてしまった。
子供の頃から弄り弄られ関係というか、身体の特徴の事を馬廘にしたり、服のセンスを馬廘にしたり(とは言っても姉のお下がりしか来たことがないから実際は姉のセンスだけど姉には何も言わず私が着るようになったら言い出す)
何をしてもしなくても「どうせあんたなんか、バカのくせに何言ってる」
とか細々と本人曰く「弄ってコミュニケーションをとってる」そんなことが多かったと言うか私と親の会話の9割はこれ。
残りの1割は私が真面目な話を振ろうとすると「うるさい」と返されるのみ。これのせいで子供の頃は給食費とか貰うのにもまず集金袋を母がなかなか受け取ってくれなくて困ったりもしたなあ。

「馬廘にばかりされると辛い、話は聞いて欲しい」
何十、何百回訴えたかわからない。毎回同じ返事
「コミュニケーションだ。いい加減慣れろ。笑いが分からない奴はこれだから駄目だ。話しなら今聞いてやってるだろ」

高校卒業と同時に就職を機に一人暮らしをするとだけ置き手紙だけして家を出た。
とは言っても住所も就職先もメールも電話も伝えてる状態。家ででは無い。しかし”弄る距離に居ない私”にはとことん興味が無いらしく一切の連絡も無かったし会いもしなかった。
それから数年久々に連絡をしたのは私の結婚報告。
両家顔合わせではやはり謙遜のフリをして義両親の前で私を貶す貶す。前もって仲が良くないことは伝えていたので旦那サイドも「ああ、こういうことか」と納得してくれて顔合わせからまた没交渉になった。
そして子供が産まれ何となく連絡をとることが増えた。
子供には優しい婆ちゃんだから会いたいと言われれば会わせたし、LINEが世の中に普及して連絡を取りやすくなったのもあり世間話的な連絡もとるように。
ただ子供には害はないけど私にはやはり”弄り”じゃないと会話できないようで、私も流石にいい歳こいて
お母さん馬廘にするのはやめて!私の話を聞いて!
とはならなかったけど地味にストレスが溜まっていった。
ある朝別にその時何かストレスになることを言われたわけじゃないんだけど(たしかおはようとかどうでもいいスタンプがきてただけ)、母からのLINEの通知が来た時突然ぷつっと思い立ってLINEをブロックした。
3日ほどして私が無視したことに気付いたのか昔使ってたパソコンのアドレスに「親に挨拶もできないのか、理由はなんだ」
とだけメールが来ていた。
色々話す気にももはやなれないので「遅くなりましたがおはようございます」とだけ返したらそのまま返事が来なくなり1ヶ月←今ココ

正直言われる内容は「はいはい(笑)」って流せるような小さい事だったけど毎日毎日貶し続けられてたストレスを今実感してる。
母からの貶しがない日ってこんなに笑顔で子供の相手ができるんだ、いつもと同じご飯がこんなに美味しいんだって。
実家を勝手に出てきた時は後ろめたさみたいなものもあって満喫しきれて無かったんだよね。
私が人の親になって、我が子に貶すワードを突きつけるなんてとても正気の沙汰じゃないんだって気付けたからこそ切る事に罪悪感が無くなったのかもしれない。

長々と吐き捨てごめん。
LINEを切っただけだから
いつかどちらかがタヒぬまでには会うことになるんだと思う。
でもその時にこそやっと憮然と母に立ち向かえる気がしてる。
続きを読む

このページのトップヘ

逆アクセスランキング