403 :きまぐれ鬼女 2021/03/28(日) 23:18:23 ID:1O.sm.L1
周りからめっちゃポジティブとかめっちゃ努力家と言われる。
ポジティブじゃない人や努力家になりたくてもなれない人から「生まれ持った忄生格で羨ましい」と言われると、
いや、そんなんじゃない。てか生まれつきって考えで自分否定するの勿体ないなと思う。

私は自分で言うのもなんだけど、成人するまで人生ハードモードだった。

理由は簡単に書くと3つ。
1.カルト宗教一族の三世
2.「女に学は要らない」と高卒強要
3.人宗教に馴染めなくて信者からは異端児と扱われ、一般人の大人からは異質な家の子とやはり異端児扱いされ、どこにも居場所が無かった。

1.のせいでまず自分の時間が無かった。毎日朝夕のお祈りさせられるし、暇な時間があればずっと宗教の洗脳絵本読まされてた。休日はもちろん宗教活動。
びっくりするのはそんな家に産まれてたのに、自我を持つとほぼ同時に「神様なんかいるわけない」と思っていたこと。
いないものを崇拝してお祈りを捧げる信者がずっと異質に思っていた。
おかげで3.につながる異端児扱いで、親が宗教活動してる間はずっと家に閉じ込められてた。

2.高校を卒業したら出家させて宗教のお偉い先生に嫁がせる気満々だったため、勉強を一切させてもらえなかった。
受験も地元で一番アホな高校一本で滑り止めも無し。学校の教師も宗教絡みの家を煙たがって誰も味方がいなかった。

3.親族が異常だからって同じ学校に通う子たちの保護者からイジメられて、神様を信じられない私は信者からもイジメられたよね。

そんな生い立ちだったから、まー人生つまらんこと。毎日くさくさしてたし、何事も不満ばかり抱いてた。
学校のイベントとか面倒くさいことばかりで大嫌いだったし、
ハロウィンやクリスマスやバレンタインみたいな世間が盛り上がるイベントは煩くてウザかった。
何をしてもつまらなくて、何かを楽しいと思えることが殆どない。
唯一の趣味が読書だけど、小学校も中学校も田舎すぎて図書室ないし、図書館も小さすぎて年齢相当の本が少なくてすぐ読み終わるし、
なにより夢中になって読める本なんて稀だった。常にどこか冷めた目で読んでた。
今思えば心を守るために感情の起伏を無意識に押さえてたのかもしれないけど、「私って最低な糞な人間だな」と自分を諦めてた。

そんな私が腐りきらずに済んだのは、私が一切興味も関心も持たないクラスメイトのお陰だった。
小学校の卒業のとき、なんとかランキングとかいうのを作ってアルバムに載せることになってた。
運動神経いい人ランキング、賢い人ランキング、みたいな。多分先生がお題を決めて、それを子どもたちが投票して決めていく。
その中に「一番星ランキング」があった。
これは私が6年のときの担任が作ったオリジナルランキング。
私のクラスでは誰かが何か良いことをしてるのを見つけたら、それを書いて入れておく一番星箱が置いてあった。
人の良いところを見つけましょうっていう意図だったんだけど、その集計が一番星ランキングに反映されてた。
その一位に私の名前があった。
一番星は各々ノルマがあって、皆ノルマこなすために適当にボッチの私の名前を書いて入れたんだろうと邪推した。
だけど担任が一年書けて集めた一番星箱の中身を返してくれたとき、その内容を見て驚いた。
「下校中ポイ捨てされたゴミをゴミ箱に捨てていた」
「男子が遊んで片付けてなかったボールを片付けた」
「登校時に下級生が鼻血出て止まらなくなったとき、ずっとハンカチで押さえてあげてた」
「目の見えない人が困ってて手を引いてあげてた」
匿名投票だけど字で大体の予想はついたし、私に投票したのは男子も女子もいた。
私は親を見て自分が最低な人間だと思ってたから、周りからはそうだと思われてないのかもしれないという発見は自分の認識を大きく変えるきっかけになった。


404 :きまぐれ鬼女 2021/03/28(日) 23:20:35 ID:1O.sm.L1
中学のときは入学式のとき、意地の悪い保護者から聞こえるように悪口を言われて周りに悪評をひろげられて貶された。
なので中学もなるべく周りと関わらないようボッチになろうと決めた。
だけど正義感にあふれる勘違い女子たちに呼び出され、
「あんたの家って周りに迷惑かけまくってるんだよね。そういうの、どう思ってんの?」と詰め寄られた。
どうもこうも、私が一番迷惑してるんだよ。だけどこういう手合にそれを言ってもまず通じない。
適当に「はぁ、そうですね」と答えていると、小学校のとき同じ学校だった子二人が割り込んできた。
二人は別に私の友達じゃない。なのに「この子はすごくいい子だよ!悪い子じゃなよ!」と説得してくれて驚いた。
私を呼び出した女子の一人が割り込んできた二人と同じ塾で仲が良かったらしくて、「二人がそう言うなら」と引き下がってくれた。
二人はバツが悪そうに私に何も言わずに去って行ったんだけど、今でもあの二人がなんで庇ってくれたのかわからない。
その後お礼を言おうとしても避けられて結局お礼は言えなかった。
ただ、小学校の一番星事件と中学校の呼び出し事件、この2つの事件で私の中で「私って、他人から見て価値が0なわけじゃないんだ」と認識するきっかけとなった。
私の親は、何をやっても宗教に関しないことは褒めてくれなかった。
だから私は早いうちから努力をするということを諦めてたし、何をするのもどうせ認められないのにと面倒でしかなかった。
だけど親以外にも私を見てくれる人がいると解った瞬間、急にこれまでの生き方が恥ずかしくなった。
生まれて初めて親以外の他人の目を意識するようになった。
それを自覚するまでの13年間、私はだらけにだらけて生きてきた。もう十分だらけたんだから今から努力しよう。そう思って努力をするようになった。
勉強は勿論、これまでは面倒でタヒぬほど嫌だった委員会も自分からすすんでやった。
嫌がったってどうせやらなきゃならないなら、自分から積極的にやって何かを身に着けて、次に同じような立場になったとき活かそう。そう思うようになった。
嫌な役割は早く経験しておいたほうがいい。初心者のうちならいくら失敗したって周りは「初めてなら仕方ない」と思ってくれる。
二年目、三年目でできなかったら失望されるし誰も教えてなんかくれない。
教えてくれるのは最初だけだ、この時を利用しない手はない。
そう思って一年生の間に失敗しまくった。勉強だって間違いまくって、各教科の担当教師にかじりついで聞きに行った。
「中学になったとたん速度が早くなってわからないことだらけになりました」と言えば、よっぽと外れの教師じゃない限り何かしら手を貸してくれた。
人付き合いも「中学に入って環境が変わったせいで、人見知りだからうちとけられなくて」とクラスメイト話しかけた。
忄生格が悪いことで有名な女子からは馬廘にされて見下されたが、コミュ力高い子や同じく馴染めなくて困ってた子とは繋がりができた。
それでも中学の頃は私はコミュ障だと言われまくってた。
405 :きまぐれ鬼女 2021/03/28(日) 23:23:09 ID:1O.sm.L1
高校は選びようが無くて私のレベルに合わない学校だったから勉強がつまらないし、周りも不良ばかりだしてつまらなかったが、
学校がゆるい上勉強しなくてもついていけるレベルだったから、バイトしまくってお金をこっそりためた。
バイト先でもコミュ障が尾を引いていたので意地悪なパートからイジメられてセク八ラされたり私物捨てられたりしまくったが、
高校の卒業前に溜まったお金を持って家出した。
やっすいボロアパート借りて我武者羅にブラックバイトしてお金貯めながら成人まで待って、成人してから就活した。
治安が良くなかったから、就活終えるまで何度も危険な目にもあってきた。
だけど自分でも自覚がなかったが、このボロアパート時代の期間で私のコミュ力はバク上がりしてたらしい。
就職にはハロワを利用し、中途採用枠で就活した。面接練習でなぜか絶賛されたし、「君みたいな子はすぐ決まるよ」と言われた。
私みたいな学歴も職歴もないフリーターが雇われるのか?と疑問だったが、実際すっごいあっさり今の職場に決まった。
むしろ3箇所うけて全部から内定が出て、未成年の頃のバイト探しのほうが苦労したくらいだった。
高校卒業の年で家を出て親の手を借りずに生活してきたという経歴と、ブラックバイトの内容が正社員と遜色ないものだったことが採用の理由だったとか。
働ける場所がある、私を認めてくれる人がいる。
もうそれだけでいくらでもポジティブになれたし、いくらでも努力できた。
自分でも園児かよと思うこともあるけど、新しいことを教えてもらう度に努力して結果を出せば周りが褒めてくれるし、教育係は喜んでくれるのが嬉しかった。
間違った努力をしてたら叱ってくれるし、正しいやり方を教えてくれる。
これまで私が生きてきた環境から考えると、すんげー生きやすい世界。
私の教育係は癖の強い人で厳しくて怖いことで有名だったらしいけど、私とは相忄生が抜群だった。
周りは「すぐに皆と仲良くなれたし、あの人まで君を絶賛するなんて、コミュ力すごいね!」と何度も何度も言ってくれた。
私は今でもまだ自分はコミュ障だと思ってるけど、実際に周りとの関係はめっちゃ良好で、これまでの人生でずっと付きまとってきたイジメもない。
私は周りの人たちがみんな優しい人だからだと思ってるけど、周りは私のコミュ力が高くて話しやすいという。
全然実感できないけど、皆が言うからそうなのかもしれない。

苦節20年で私は今のポジティブな考えや努力することを覚えてきた。
多分クラスメイトに恵まれてなかったら私は一生腐ってたと思うし、平凡な家に産まれてたらここまでポジティブで努力家にはなれてなかったと思う。
私のポジティブさや努力家に見える部分は生まれ持ったものじゃなく、人生で自分をそのように作り変えてきたからの結果だと断言できる。
上には書いてないけど、当然そうなるまでめちゃくちゃしんどかったし、無理矢理ポジティブな思考にならなくても自然とポジティブな思考になれるようになったのは今の職場に来れてから。
だから私のこの忄生格を生まれ持ったものだと決めつけて、自分は無理だと思ってる人の悩みを聞くと、本当に勿体ないと思う。
かといって私と同じ経験してみなよなんて絶対言えない。あんな経験しない方がいいに決まってる。
私のことを羨ましいという人になんて言葉をかけたら、誰でも後天的に努力家にでもポジティブにでもなれるんだということが伝わるんだろうか。
自分の可能忄生を捨てないでほしい。
引用元:kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1616114037/

1000: 名無しの心子知らず

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コメント

           

コメント一覧

    • 1. きまぐれさん
    • 2021年04月03日 11:55
    • 5 頑張ったし頑張れた素敵な話で、感動して泣いちゃた。最後の言葉そのまま 自分の可能性を捨てないで、心がけていれば気がついたら変われてるものだよ と伝えればいいと思う。

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